岡山地方裁判所 昭和49年(ワ)559号 判決 1976年10月04日
主文
一 被告小柳良一は、原告に対して金五五三、三八六円およびこれに対する昭和四八年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二 原告の被告小柳寛に対する請求、および被告小柳良一に対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用のうち、被告小柳寛について生じた分は原告の負担、被告小柳良一、原告について生じた分は、これを五分し、その四を原告の、その一を被告小柳良一の各負担とする。
四 この判決は、原告が金一〇〇、〇〇〇円の担保を供したときは、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の申立
一 原告
1 被告両名は連帯して、原告に対し金三、一九〇、二四三円及びこれに対する昭和四八年四月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告両名の負担とする。
3 右1項について仮執行宣言
二 被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
(一) 昭和四七年七月二七日午後八時二〇分頃、岡山県児島郡灘崎町片岡、灘崎農業協同組合前県道(以下「本件県道」という)を徒歩で横断中の原告に、被告小柳良一(以下「被告良一」という)が運転していた原動機付自転車(以下「被告車」という)が衝突した(以下右事故を「本件事故」という。)。
(二) 本件事故によつて原告は左顔面、下顎の各挫創、左眼瞼、頸、胸、両手、右膝、右下腿の各挫傷、左眼窩、右母指骨の各骨折、頸椎捻挫、前歯等数本折損等の傷害を受け、右傷害治療のため、玉野市槌ケ原所在の三宅病院に昭和四七年七月二七日から同年一二月一五日まで(一四二日間)入院、同月一六日から昭和四八年三月一七日までの間に四七日通院したほか、玉野市築港所在の半井歯科医院に通院したが、右手おや指の用を廃し、運動障害、歯の欠損の後遺障害を残して症状が固定した。
(三) 被告良一は被告車の所有者で、本件事故の際、被告車を自己のために運行の用に供していた者であり、被告小柳寛(以下「被告寛」という)は被告良一の父であり、昭和四七年八月一〇日に原告に対して、原告の本件事故に因る損害を、号告良一と共に賠償することを約束した。
(四) 原告は本件事故による傷害に因つて、次のとおり合計五、三一〇、二四三円の損害を被つた。
1 半井歯科医院、平山整骨院の治療費 三八、八〇〇円
2 入院中雑費(一日について三〇〇円の割合) 四二、六〇〇円
3 妻の付添費(一日について二、〇〇〇円) 四四、〇〇〇円
4 入通院中の原告及び付添家族のタクシー代金 一八、五二〇円
5 副食費 四三、七〇〇円
原告は、本件事故により歯を折損したために、入院中病院の給食を食べることができなかつたので、別の副食物を食べざるを得なかつた。
6 米作の手間代 三八、四〇〇円
原告は田を三反耕作していたが、本件事故のために耕作に従事できなかつたので、他人に農薬の散布、稲の取入を依頼し、その手間代として散布に九、九〇〇円、取入に二八、五〇〇円を要した。
7 逸失利益
(1) 欠勤による損失 八八四、二二三円
原告は日本特殊炉材株式会社に勤務していたが、本件事故のため、昭和四七年七月二八日から同年末まで右勤務を欠勤したことにより、その間の給与の支給を受けられず、また昭和四八年一月から三月までの間に通院等のため欠勤したことにより、給与を減額されたことによつて、次のような損害を被つた。
(イ) 昭和四七年八月より一二月までの給料相当額 四八一、六一〇円
(ロ) 昭和四七年度下期、昭和四八年度上期賞与等の減少分 二九〇、二六九円
(ハ) 昭和四八年一月分給与の減少分 四九、八五〇円
(ニ) 同年二月分給与の減少分 二四、一九六円
(ホ) 同年三月分給与の減少分 三八、二九八円
(2) 後遺症による損失 一、四〇〇、〇〇〇円
原告は本件事故までの一〇数年間、灘崎町片岡部落の農家より農薬の散布を請負い、年間延べ面積四〇町歩の田に実施していたが、本件事故による傷害の後遺症のため、これができなくなつた。本件事故がなければ、原告は少なくともなお七年間は右作業を請負うことができたはずであり、本件事故当時の右作業の請負代金は反当り六〇〇円(年間二四〇、〇〇〇円)であつたから、右作業を請負うことができなくなつたことによる逸失利益のホフマン式計算法による年五分の割合による中間利息を控除した現価は次のとおりとなる。
二四〇、〇〇〇円×五・八七四=一、四〇九、七六〇円
8 慰藉料 二、八〇〇、〇〇〇円
原告は前記のとおりの後遺障害があり、労働能力が低下したにもかかわらず、前記勤務先で給与の減額を受けてはいないが、労働能力の低下が著しいので、通常の者と同様の年齢まで勤務できるか否か不安があり、また田の耕作作業も従来どおり行うことは困難になつている。これらの事情と前記のとおりの本件事故による傷害治療のために要した入、通院期間等を総合すると、本件事故による受傷についての原告に対する慰藉料としては二、八〇〇、〇〇〇円が相当である。
(五) 原告は右の損害の填補として次のとおり合計二、一二〇、〇〇〇円の支払いを受けた。
1 自動車損害賠償責任保険(以下「自賠保険」という)の保険者から 一、八一〇、〇〇〇円
2 被告寛から 三一〇、〇〇〇円
(六) よつて、原告は被告両名に対し、連帯して右(四)の五、三一〇、二四三円から(五)の二、一二〇、〇〇〇円を控除した残額三、一九〇、二四三円、およびこれに対する昭和四八年四月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
二 請求原因に対する被告らの答弁
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実のうち、本件事故によつて原告が負傷したということは認めるが、その具体的内容およびその余の事実は知らない。
(三) 同(三)の事実のうち、被告寛が原告主張の約束をしたということは否認するが、その余の事実は認める。
(四) 同(四)の1ないし7の事実はいずれも知らない。8の相当慰藉料の額は争う。
(五) 同(五)の事実は認める。
三 被告らの抗弁
(一) 免責
本件事故は、もつぱら原告の過失によつて発生したもので被告良一に過失はなかつた。
すなわち被告良一が被告車を運転して本件県道を東進し、西進するバスの片岡停留所附近に至つた際、対向車線の右停留所に停車していたバスの直後から、突然原告が本件県道を横断しようとして被告車の進路の直前に小走りでかけ出してきたために、被告良一は本件事故の発生を回避する措置を執ることが不可能であつたもので、本件事故は、原告が本件県道を横断するに当り停車していたバスの直後を、しかも被告車の前照灯の光芒によつて、東進する車両が接近していることが容易にわかる状況であつたにもかかわらず、西方(原告の左方)に対する安全確認の注意を全く払わないで横断した過失に因つて発生したものである。
(二) 過失相殺
仮に、本件事故の発生について被告良一にも過失があつたとしても、原告の右過失の方が重大であり、損害賠償額を定めるについて斟酌されるべきである。
(三) 弁済
被告寛は原告に対し、その損害の填補として、原告が認めている三一〇、〇〇〇円のほかに四〇〇、〇〇〇円(合計七一〇、〇〇〇円)を支払つた。
四 抗弁に対する原告の答弁
(一) 抗弁(一)の事実は否認する。
(二) 同(二)の主張は争う。
(三) 同(三)の事実は認める。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 本件事故が発生したことは、当事者間に争いがない。
二 いずれも真正に作成されたことに争いのない甲第二、三号証、その記載の形式、内容と原告本人の供述によつて真正に作成されたと認められる甲第五号証、および原告本人尋問の結果によると、本件事故により原告がその主張のとおりの傷害を受け、その主張のとおり入、通院して治療を受けたこと、右指骨間関節の運動障害、右母指末節部の知覚鈍麻、左前頭神経部の知覚異常、頸部の鈍痛、雨天時、重労働をした時等に頭痛、眩暈を起すことがある。歯牙欠損(義歯装着)等の後遺障害を残して症状が固定したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
三 被告車は被告良一が所有し、本件事故の際、同被告が運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。
被告らは、本件事故はもつぱら原告の過失によつて発生したものであつて、本件事故の発生について被告良一には過失がないと主張するので、この点について判断する。
真正に作成されたことに争いのない乙第五号証、および原告、被告良一各本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。
(一) 本件県道は本件事故発生地点附近においては、ほぼ東西の方向に直線状に通じており、幅員六・三メートルで、歩車道の区別がなく、アスフアルト舗装されていて路面は平坦で、勾配もない。本件県道の北側に沿つて幅員約三メートルの川がある。本件県道の南側に面して灘崎町農業協同組合(以下単に「農協」という)の事務所があり、右事務所敷地の西側は民家となつており、農協敷地と民家の境から西方約二〇メートルの本件県道南側に、西進するバスの片岡停留所の標識が置かれている。農協事務所の本件県道、川を隔てた北側には農協が経営している間口約二六メートルの給油所(以下「農協給油所」という)があり、右給油所への出入口として、その間口部分の東西の両端部にそれぞれ川に橋がかけられているが、そのうちの西側の橋は、幅員が約八メートルで、本件県道に斜めに交わるようにかけられており、その本件県道の北側に接する部分は、農協事務所敷地とその西側の民家との境界の北方への延長線より西側が約五・二メートル位、東側が約二・八メートル位となる位置にある。
(二) 被告良一は被告車を運転して、時速約四〇キロメートル位で本件県道を東進し、前記片岡停留所附近まで至つたところ、右停留所にバスが停車していたが、被告良一は被告車の速度を減速しないままで、本件県道の北側側端から南側へ約一・三メートル位の部分(本件県道のうちの被告車の進行方向の左側部分の中央よりやや左側寄りの部分)を進行し、右バスと行違おうとしたところ、右バスの後方(東方)約三五ないし四〇メートル位を西進して来る貨物自動車の前照灯が上向きになつていて眩しかつたので、被告車の前照灯の上、下向の切替えを繰返えして、右貨物自動車に対して前照灯の減光を求める合図をしながら進行し、乗客の乗降が終つて発進し始めた右バスと被告車とが行違いを終つた頃、被告車の右斜め前方約五・五メートル位の本件県道のほぼ中央附近に、本件県道を南側から北側へ(被告車の進行方向の右側から左側へ)小走りに横断しようとしている原告を発見し、被告車に急ブレーキをかけようとしたが、空走状態のままで約六・五メートル進行した、農協給油所西側出入口の西端より約一メートル位西寄りで、本件県道の北側側端から約一・二メートル位南寄りの地点で本件事故が発生した。
右のように認められる。
原告本人の供述のうちには、原告は前記の片岡停留所に停車したバスに乗車してきて、右停留所で下車し、農協事務所敷地のうちの西端部分にある自転車置場まで自転車を取りに行つたが、当日は農協給油所に自転車を置いてあつたことを思い出したので、農協事務所敷地西端附近から農協給油所西側出入口に向つて、歩いて本件県道を横断していたもので、本件事故発生地点は前記認定の地点よりもつと東寄りである旨の供述がある。
しかしながら、前掲記の乙第五号証および被告良一本人尋問の結果によると、
1 前記認定の本件事故発生地点の東方約一・一メートル(農協事務所敷地とその西側民家との境界より約五メートル西側となる)の地点から、その東方約二二メートルで本件県道北側側端から約〇・三メートル南寄りの本件事故直後に被告車が転倒していた位置まで、原告に衝突したことに因つて車体が傾いた被告車によるものと認められる擦過痕が本件県道路面についていたこと、
2 本件事故直後に原告は、農協給油所の西側出入口の本件県道に接する部分の中央よりやや西寄りの処に転倒していたこと、が認められることに照らすと、右掲記の原告本人の供述は信用できないので(もし、原告が右掲記の原告本人の供述どおりの処から本件県道の横断を始め、しかもほぼ直角に横断したとすることは、右認定の被告車による本件県道路面の擦過が発している位置、原告が転倒していた位置と矛盾することになるし、右の擦過痕、原告が転倒していた位置との矛盾をさけようとすれば、原告はことさらに農協給油所西側出入口西端よりさらに西方の地点へ向つて甚しい斜め横断をしたことになり、農協給油所へ行こうとしたということと矛盾することになる)、前記認定を覆すに足りず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
前記認定事実によると、本件事故の発生について被告良一には、停車していたバスから下車した者で、バスの直後を、本件県道を横断しようとする者があり得ることを予測できたはずであり、しかも対向車の前照灯のために、被告車の前方の本件県道上の状況を確認することが困難となつていたのであるから、事故発生のおそれのある状態となつた場合に、事故を回避するに必要な措置を執る余裕を持ち得るよう被告車の速度を減速すべきであつたにかかわらず、減速しないで時速約四〇キロメートル位のまま走行した過失があつたということができる。
したがつて、被告らの前記の主張は採用できず、被告良一には本件事故について、被告車の運行供用者としての責任があるといわなければならない。
四 原告は、被告寛が原告に対して、本件事故に因る原告の損害を被告良一とともに賠償するということを約束した、と主張し、原告本人の供述のうちには、被告寛が入院中の原告を見舞に来た際に、要つた費用は払うと言つた旨の供述があるが、仮に、右供述のとおりであるとしても、当事者間に争いのない被告寛が被告良一の父であるということ、被告良一本人の供述によつて認められる、本件事故当時被告良一が未成年者であつたということをも合わせて考えても、「要つた費用は払う」ということをもつて、本件事故に因る原告の損害を賠償する法律上の債務を負担することを約束したものと解することはできないし、他に、被告寛が原告主張の約束をしたことを認めるに足りる証拠はない。
五 原告の損害
(一) 治療費 三八、八〇〇円
いずれも真正に作成されたことに争いのない甲第一二号証、同第一六、一七号証、および原告本人の供述によると、半井歯科医院での治療費として二二、〇〇〇円、平山整骨院における右母指の治療費として一六、八〇〇円計三八、八〇〇円を要したことが認められる。
(二) 入院中雑費 四二、六〇〇円
前記二のとおり原告が本件事故による傷害の治療のため一四二日間入院したことが認められ、当時入院に伴う雑費として平均一日について三〇〇円を要したであろうことは推認できるから、右入院期間中の雑費として計四二、六〇〇円を要したものと認めることができる。
(三) 妻の付添費 四四、〇〇〇円
前掲記の甲第二号証、および弁論の全越旨によると、原告が三宅病院に入院した当初の二二日間は、付添看護を要し、原告の妻が付添看護に当つたことが認められ、当時付添看護人の報酬として一日について二、〇〇〇円を要したであろうことは推認できるから、二二日間の付添看護費として計四四、〇〇〇円を要したものと認めるのが相当である。
(四) 入通院中の原告及び付添家族のタクシー代金 一八、五二〇円
原告本人の供述とこれにより真正に作成されたと認められる甲第一三号証によれば、原告及びその家族が三宅病院に通院するためのタクシー代として一八、五二〇円を要したことが認められ、前記二認定の原告の傷害の程度、入院期間、および原告の住所と三宅病院の所在地等を考えると、右タクシー代は、必要交通費として相当な額の範囲内であると認められる。
(五) 副食費 四三、七〇〇円
真正に作成されたことに争いのない甲第四号証、原告本人の供述によつて真正に作成されたと認められる甲第二〇ないし第二三号証、および原告本人の供述によると、原告は、本件事故によつて受けた下顎挫創による門歯損傷のために、三宅病院に入院中は、病院の給食以外の副食物をとらざるを得ず、そのために四三、七〇〇円を要したことを認めることができる。
(六) 米作の手間代 三八、四〇〇円
原告本人の供述とこれにより真正に作成されたと認められる甲第一四、一五号証によると、原告は本件事故当時、田三反を耕作していたが、本件事故によつて昭和四七年中はその耕作作業に従事できなくなつたので、藤原司に農薬の散布を、三宅律太に稲の取入を依頼し、その代金として計三八、四〇〇円を要したことを認めることができる。
(七) 逸失利益
1 欠勤による損失 八六七、五五三円
証人木村純彦の証言とこれにより真正に作成されたと認められる甲第六ないし一〇号証によると、原告は日本特殊炉材株式会社に勤務している者であり、本件事故のため昭和四七年七月二八日から同年一二月末日まで継続して、昭和四八年一月から同年三月までの間に通院治療のために、それぞれ欠勤したことにより、右の期間中に支払いを受けられたはずの給料、賞与、手当等が八三四、二二三円減少したこと、右の欠勤によつて、満五七歳の定年で右会社を退職した場合の退職金が少くとも五〇、〇〇〇円減少することが認められる。原告本人の供述によると、原告は大正一五年二月生である(昭和五八年二月に満五七歳となる)ことが認められるから、右の退職金の減少額五〇、〇〇〇円からホフマン式計算法による年五分の中間利息を控除した昭和四八年四月一日当時の現価は三三、三三〇円である。したがつて、欠勤による逸失利益の合計は八六七、五五三円となる。
2 後遺障害による損失 一、二九六、九七九円
証人原野一義の証言により真正に作成されたと認められる甲第一一号証、および証人原野一義の証言、原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和二五年頃より灘崎町片岡部落の農家から、田の農薬の散布を請負い、昭和四七年当時、年間延四〇町歩の散布を行つており、その請負代金は、散布薬剤は注文主が提供し、散布用機械は原告のものを使用して、一反歩について六〇〇円であつたこと、散布用機械は二種類必要で、一台が約四八、〇〇〇円で五年間は使用できる(したがつて、機械の減価償却費は平均一年について約一九、二〇〇円となる)こと、本件事故後、原告は農薬の臭気を嗅ぐと嘔吐を催すようになつたため、右作業を請負うことができなくなつたことが認められ、前記の原告の年齢からすれば、本件事故による受傷をしなければ原告主張のとおり、少くともなお七年間は右作業を請負うことができたであろうと推認することができる。
右認定事実によると、原告が農薬散布を請負うことができなくなつたことによる逸失利益のホフマン式計算法による年五分の割合による中間利息を控除した現価は次のとおりとなる。
(六〇〇円×四〇〇-一九、二〇〇円)×五・八七四=一、二九六、九七九円(円未満四捨五入)
(八) 慰藉料 二、〇〇〇、〇〇〇円
前記二認定の本件事故に因る原告の受傷の内容、入、通院期間、および後遺障害の内容、程度(綜合して自動車損害賠償保障法施行令に定める第九級に該当)等本件弁論に顕われた諸般の車情(但し、後記の本件事故発生についての原告の過失の点を除く)を合わせて考えると、本件事故による受傷についての原告に対する慰藉料としては二、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と考える。
右のとおり認められ、右(一)ないし(七)の認定を覆すに足りる証拠はない。
六 過失相殺
前記三の(一)、(二)認定事実によれば、本件事故の発生については、原告にも下車したバスの後方(東側)直近附近から本件県道を東北方に向つて斜めに横断を開始し、しかも東進する車両との安全を確認しなかつた過失があるものということができる。そして、前記認定の被告良一の過失と原告の右の過失とを比較衡量すると、本件事故発生の原因としての両者の過失の割合は、原告の過失を三、被告良一の過失を七と認めるのが相当である。
従つて、前記五の(一)ないし(八)で損害、相当慰藉料額の合計四、三九〇、五五二円の七割である三、〇七三、三八六円(円未満四捨五入)の限度で被告良一に賠償義務を負担させるのが相当である。
七 弁済 二、五二〇、〇〇〇円
原告が本件事故に因る損害の填補として、自賠保険の保険者から一、八一〇、〇〇〇円、被告寛から七一〇、〇〇〇円合計二、五二〇、〇〇〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがなく、右の二、五二〇、〇〇〇円は前記の損害賠償請求権の弁済に充てられたものというべきであるから、これによつて、前記の原告の損害賠償請求権の残額は五五三、三八六円となつたことになる。
結論
以上のとおりであるので、原告の本訴請求のうち、被告寛に対する請求は全部理由がなく、被告良一に対する請求は、五五三、三八六円およびこれに対する昭和四八年四月一日から完済に至るまでの、民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においては理由があるが、右の限度を超える部分は理由がないものといわなければならない。
よつて、原告の被告寛に対する請求を棄却し、被告良一に対する請求を右の理由のある限度で認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 寺井忠)